TRPGの面白さってなんぞや(前編)
はじめに。
私はまだTRPG(ソードワールド2.0)を初めてまだ1年にも満たないペーペーです。
その代わりといっては何ですが、コンピューターRPGは生まれてから現在に至るまで、結構な本数をやってきています。
その視点から、TRPGの面白さがどこにあるのかについて書いてみたいと思います。
私にとってTRPGはなかなか面白さがわからないものでした。
というのも、巷で言われているTRPGの面白さを聞いても、劣化MMOという印象が長いこと拭えなかったからです。
TRPGの自由度ははっきり言ってあまり高くないです。
TRPGは、ゲームマスターが作ってきた世界を、口頭や簡単なマップを介して冒険するというスタイルが基本です。言ってしまえば、ゲームマスターの頭の中を探検しているようなイメージです。なので、当然ですがゲームマスターの頭の外には飛び出ることができません。
もちろん、プレイヤーたちがゲームマスターの想定外の行動を取ることはあるでしょう。しかし、よほど冒険的にアドリブを効かせられるマスターでない限り、そこから予期せぬ方向にシナリオが展開してということはまずありません。むしろ、ゲームマスターはいくつかの行動パターンを予測し、それが可能となるようにオブジェクトを配置しますし、いくつかの可能性の中から選択肢を選んでいくというテキストアドベンチャーのような形式が大部分になります。
また、思う存分世界を遊び倒そうとしても3つの制約がつきまといます。
1つはビジュアルがないということ。
プレイヤーはそのマップのディテールを知ろうと思ったら、何度もゲームマスターに質問をしなければなりません。
また、一人かつ手動で情報を管理しなければならない都合上、マップの作り込みにも限度があります。複数のスタッフでマップを作り込み、コンピューターで膨大なフラグを管理できるコンピューターRPG(以下、CRPG)にはかないませんね。
視覚の力というのは偉大なもので、CRPGでは当たり前のように見たままの世界をあれこれ探索して回れるのですが、TRPGではそれができないのです。
確かに取れるアクションの数は無限大なのかもしれませんが、肝心のフィールドが極めて狭いために想定されるシナリオもせいぜい選択肢式のテキストアドベンチャーと変わらないのです。
2つは複数人で行っているという点です。
TRPGは一人のゲームマスター(=CPU)で全てを管理する手前、一度に処理できる事項は一つです。
なので、パーティーを分割して別行動をするというのは、基本的にできません。たまにやることもありますが、他の人はその間、ただ待っているだけ状態になるので極力減らすに越したことはありません。
なので、行動するとき、特に移動する時は全員一緒に行動します。
すると、キャラロストへのリスクもあり、突飛な行動や危険な行動というのはどうしても躊躇されがちです。
私の知る限り、TRPGでは「全滅してもセーブしたところからリトライ」ということは基本的にできません。
コミュニケーションゲームである以上、同じ手順を二度踏むのは茶番感が強くなりますし、何より緊張感がなくなります。
私はCRPGをプレイする時、「そっちには強い魔物がいるから危ないよ」と止められた洞窟とかに行って実際に全滅するのが好きです。本当に「世界を探検してる」という感覚が得られるので。
そういった、コミュニケーションゲームであるが故、一度きりの体験を重要視するゲームであるが故に、TRPGでの行動というのは大きく制限されるのです。*1
では、そういった自由度には大きな制限があるとわかった今、TRPGの面白さはどこにあるのだろう?
と疑問を投げかけたところで、大分長くなったので次回に回します。
*1:その意味では、電子ゲームで「リトライ」という概念が発明され、当たり前のものとして定着したのって結構すごいことですよね